ヨーロッパテイストなドレスを作る森さんのルーツは、子どものころにあります。
小さいころから手仕事が好きだったという森さんは、リカちゃん人形の洋服はもちろん、家具まで手作りしていたとか。
高校のときに世界史、特に古代ローマ史にハマり、漠然とヨーロッパに憧れるようになったそうです。
「ピサの斜塔が崩れてしまう前に、ヨーロッパに行かなくちゃ!」
イタリアへの憧れの気持ちは、どんどん大きくなっていったと言います。
ファッション関係の仕事に興味があったものの、進学校だったため、高校卒業後は短大の英米科へ進学。短大時代にアメリカ留学を経験し、「やっぱり私はヨーロッパが好き」と、あらためて感じるようになります。
短大を卒業後は自動車メーカーに就職。OLとして働いていましたが、体調を崩したことをきっかけに、自分の人生を見つめ直してみることに。
たどりついた結論は、「自分の好きな仕事をしなくちゃ!」と言うこと。
「やっぱり無理していたのかな。ストレスで体調を崩して、それを機に会社を辞めたんです」
自分の好きな仕事…。
それは、「ドレスデザイナー」になることでした。
ドレスデザインの道に進もうと決めたのは、オペラをしているお姉さんのドレスを作ってあげたい、と思ったから。
「オペラなど、音楽の発表会に着るドレスって、意外にないんですよ。お金をたくさん出せば、もちろんいいものもあります。でも、高すぎる。安いものだと、結婚式のお色直しのドレスとか・・・。もっと可愛くてステキなドレスがあったらいいのに、と思って」
夢に向かっての準備期間が始まります。
「ファッションの都、ミラノへ留学したい!」
森さんは以前から憧れていた、イタリアを留学の場として選びます。
しばらくはフリーターをしながら、NHKのイタリア語講座を聞いたり、近所のイタリア人に学んだり…。自分なりに、出来ることから着々と留学の準備を進め、26歳のときに単身ミラノへ。
「当たり前ですけど、費用は全部自分で貯めました。26歳という年齢は、若いときと違って精神的には熟していたと思うし、かといって30代に入る前で体力もある。自分の目標を達成するには、ちょうどいい時期だったと思うんです」
最初の2ヶ月は、イタリア語をマスターするために語学学校へ。その後1年は、ドレスのパータンメイキングの専門学校で学び、さらに1年は、ウエディングドレスのアトリエ、「アンナジェンマラスカリ」で修行しました。2年2ヶ月間をイタリアで過ごし、日本へ帰国。
そして、ファッションの本場で学んだ貴重な体験をもとに、29歳のとき、名古屋にウエディングドレスのアトリエ、「アトリエ・ジラソーレ」を設立。
2002年には結婚し、新居兼アトリエで、ドレスの制作に追われる日々を送っています。
夢を現実へ――――
自分の信念をもとに、着実に歩んできた森さん。
26歳でイタリア留学。という、決して早い時期の決断ではなかったものの、夢を諦めない強い信念と行動力。そんな前向きな姿勢が、今の彼女を作りだしたのだと思います。
 

Copyright (C) rhythm, All Rights Reserved.